もっと見る

Shyam Singha Roy (Telugu/2021)をスキップシティで。 

プレビュー執筆のため現地レビューを随分読んだので、最終場面以外は大体予測の範囲内の展開。勿体なくて何も読まずにとっておいた終盤が、全部予測の範囲内のメロドラマ展開だったのにがっかり。超現実的なファンタジーだからリアリティーをあれこれあげつらってもしょうがないのは分かるが、法と裁判にまつわる部分が雑なご都合主義だったのがマイナス。著作権侵害の疑いではいきなり逮捕したりしないし、最後に判決が引っくり返る老人の乱入も、本来はあり得ない。それから、ベンガル編中盤のプレクライマックスで、やっぱりテルグ剣法での大暴れが出たのも、しっとりとロマンチックな情緒に影を差した。ロマンチックなままでも胸焼けしたかもしれないが。各種レビューが指摘していたベンガル語の恣意的な挿入もテルグ語ネイティブ人なら気になったことと思う。最初はテルグ語の字幕を振ってあったのが次第にヘタってきて消滅し、英語字幕すらがラストシーンでは消え、字幕担当者のギリギリの仕事ぶりがしのばれた。ヒロインがバングラデシュ引き揚げベンガル人という設定は斬新だった。

Joji (Malayalam/2021)をオンラインで。 

120分に満たないのに3回分割で。特に最後は息苦しさに何度も中断しながら見た。いや、ファハドはすごいわ。こういうのを見せられると、しばらくマラヤーラム語映画だけ見てればいいんじゃないかという気になる(しかしファハドが進出してるタミルもテルグも観なきゃいけない)。マクベスの翻案と断る必要があったかどうかは別だが、ともかく真っ黒なサイコの世界を易々と演じる。パーラ地あたりのクリスチャンの地主の家庭が舞台で、原初の愛憎劇のようでいながら、登場人物はマスクをしている。Kumbalangi Nightsでもファハドはサイコをやったが、あれはメールショービニズムの権化だったのに対し、こちらはただもう怯懦で落ち着きがなく、世を拗ねた落ちこぼれ男。財を欲っしているが、その財で何をしたいのかもよく分からない。利己目的で時おり動物的なまでに機転の利いた立ち回りをすることがあるが、一方でバカみたいに馬脚を露す。ひとかどの者として見られたい渇望と、誰もいないところでの子供じみた振る舞い。最後のWhatsAppでのメッセージは実在の犯罪者を思い出させた。

Nalpathiyonnu (Malayalam/2019)をオンラインで。 

いや、凄いもの見た。41ってタイトルは主人公の年齢で、ほろ苦い熟年ラブコメかなんかだと思ってたら、これがシャバリマラ巡礼の41日間の道行きのことで吃驚。しかもそれが分かるのがインターミッションも近くなってから出、メインイベントにいたるまでの説明やキャラ確立がやたらと長いマラヤーラム語映画の例のパターンだった。ガチガチの合理主義者兼コミュニストが、断酒できない末端党員の更生を助けるために41日間の巡礼に付き添うという話。いったんそこに至ってからは驚異のイメージの連続。おそらく実際の巡礼のドキュメンタリー画像を使用しているのだろうが、劇映画としての映像とのシームレスな繋がりが凄い。巡礼の各段階での参拝先や儀式、そこでの巡礼の振る舞いも詳細に記録されており、また次第に熱狂が増幅していくさまも手に取るようにわかる。問題のプッルメードゥでのシーンも、あんな広々として見晴らしのいいところでなぜ将棋倒しが起きるのかというのを説得力を持って描いた。2010年のThathwamasiと共に注目のシャバリマラ映画と見なすべきもの。

One (Malayalam/2021)をNTFLXで。 

本来の意味でのポリティカル・スリラーで、議会とその裏での駆け引きのスリリングさを楽しみ、最後は演説で締めるというもの。マンムーティのCMぶりのカッコよさが9割で、ダンスも乱闘もコメディーもない。テンション最高となるクライマックスはとある法案を議会に通すシーンだとか、これを2時間半の娯楽作品にするマラヤーラム語映画はやはりすごい。他言語のリメイクも考えることはできるが、絶対に余計な尾鰭つけるだろう。大好きないい顔のオッさんも大挙して出演で眼福。リサ・バーワなど2021年の物故者もいて涙。マームッコーヤの老けぶりが尋常でなくて心配。マドゥ翁はお元気そうで何より。無謬の倫理性をもつスーパーCMの瑕疵は、時々記憶障害になること(Undaを思い起こさせるがここでは意味があったろうか?)、そして亡き両親に孝養を尽くせなかったこと、妹とも充分な触れ合いができなかったこと、自身も結局独身で終わりそうなこと。完璧CMに対する無辜の庶民を一つの家族で代表させるのは作為的ではあるが、その受難の描写にはリアリティーがあって、特に長女の無念には共感がある。

テュベテイカをかぶった天使(ソ連/1968)をユーロスペースで。 

中央アジア今昔映画祭にて。カザフ最大の都市アルマアタ(アルマトイ)を舞台にしたカザフスタン映画。台詞は基本的にロシア語で、一部民謡の部分のみがカザフ語。その部分には朗読でロシア語の大意が挿入される例のシュールな構成。本来はカザフ語の作品だったもののロシア語版なのか、最初からロシア語で撮られたものなのか不明。昔ならソ連映画の中の民族共和国映画として見ていたはずだ。ストーリーはないに等しいミュージカル映画。スターリン・ゴシックの建造物に白樺並木を吹き抜ける爽やかな風が感じられるあのソ連映画の空気感。おそらくムスリムであろうと思われるが宗教色はほとんど出ていない登場人物。モブとしてはロシア人、朝鮮人など多彩な顔。1950~60年代のモダニズムの衣装や住居などなど、夢のようなビジュアルが走馬灯のように繰り広げられる。母親とロマンスグレーの間はどうなったのかとか、置き去りになったプロットや順序が逆転していないか?というプロットもあった。

Taxiwala (Telugu/2018)をオンラインで。 

ラーフル・サーンクリティヤーン監督の前作と知り見ておきたかった。手に職もなく学歴もなくハイダラーバードにやってきて、親類の経営する自動車修理工場に転がり込んだ若者が、手っ取り早い収入の道としてタクシードライバーになることを考える。破格の値段で売られていたヒンドゥスターン・モーター社の古風なコンテッサ(そんな車種があるとは知らなんだ)を買って改造する。その車が次々と怪異を起こし始めて主人公は怯えるが、そこに宿るものの正体が、幽体離脱中に肉体と離れ離れになってしまった若い女性の魂と知り、肉体を取り戻すための作戦を刊行する。新人監督らしい演出のもたつきとストーリーのムラが気になったが、まあ面白いスリラー・コメディーだった。悪役がちょっと気になったのだけど、Shiju RashidまたはShiju ARというケーララ人だとのこと。ガレージの二人組と主人公、それに間抜け泥棒が繰り広げるコメディーは、近頃のマルチリンガル作品からは消えつつある古き良きテルグ・コメディーで、癒された。ラストシーンは先行きが見え見えなのにやはりもらい泣きした。

「40日間の沈黙」(ウズベキスタン、2014)と短編ドキュメンタリー「彼女の権利」(ウズベキスタン、2020)をユーロスペースで。 

中央アジア今昔映画祭にて。同映画祭のポスタービジュアルがとてつもなく魅力的に思え、作品自体は当てずっぽうで見たけど、完膚なきまでに拒絶された気分。映画を観ながらの迫りくる睡魔との戦い(瞬間的には負ける)、狭い椅子で音を出さないように身をよじる体験を久しぶりにした。懐かしの純映画祭アイテム。これはどうしたって事前のティーチインが要る作品でしょ。見終わった後にトークショーの記録の断片を集めて多少は分かったところもあったけど、それでも不明な点は残った。映像作家がこうした表現形式をとったのが、検閲対策のため(台詞がタジク語だったのもそのためらしい)なのか、それとも創造物としての内的必然だったのかは知りたいところ。

Dwaraka (Telugu/2017)をYTで。 

全く別の作品のフル動画を探してたら検索でこれが筆頭に出てきて気づかずに見てしまった。この当時のVJDKらしい、ちんまりとして細部が雑なコメディー。仲間と共にコソ泥をやってた男が、ボタンの掛け違いから聖人と見做されるようになり、自身を中心として一大産業が興っていくのを見て、戸惑いながらも敷かれたレールから降りられなくなるという話。そこに偽スワーミを暴くのを使命と考えるラショナリストや宗教で儲けようとする悪徳政治家などが絡む。グル産業の急成長の部分と、ラショナリストとの対話の部分は面白いが、一々のエピソードの演出やロジックが雑。似たような設定のマラヤーラム語映画God for Sale: Bhakthi Prasthanamは、その辺りはるかにリアリスティックで丁寧なドラマ(どシリアス系)だったが、これも参考にしているんだろうか。ともかくインチキ・スワーミというのは言語圏を問わずどこにでもいる&信者は多いということは分かる。プリドヴィラージが演じる、グルムールティという神懸かってるのに自身は教祖にならないナンバー2のキャラが面白かった。

Minnal Murali (Malayalam - 2021)をNTFLXで。 

邦題は『ライトニング・ムラリ』。スーパーヒーローものとは相性が悪いと思ってたけど、これは良かった。本来のドラマが始まるテイクオフに1時間近くかかるというのは普通は欠点だが、舞台がド田舎である点も含め、古き良きマラヤーラム語映画らしくて良い。「ママの作ったスーツで参上」というのは他作品の謳い文句だが、こっちはムンドゥのままだ。クライマックスのスーツは仕立て屋なので自分で縫う。自身の役で特別出演のセレブがスディーシュというのが(Kindiネタも含め)凄いのだが、日本語字幕で見た人のうちでその凄さが分かる人はいたのか。負け犬から邪悪な力の権化にと移ろう悪役の変貌が、特殊メイクではなく基本的には演技に拠っているというのもマラヤーラム語映画らしい。マラヤーラム語映画なのに159分の長尺、ヒンディー、テルグ、タミル、カンナダとマルチリンガル展開(ダブだろうけど)している点、世界同時公開で日本語字幕がついている点などなど、いろいろ型破り。まあただやっぱりガチなスーパーヒーローと言うよりはパロディーだなと言う感触を持った。

Solo (Malayalam/2017)をDVDで。 

ビジョーイ・ナンビヤールのものなのになぜか寝かせていたものをやっと観た。しかし期待には届かず。4部構成のオムニバス映画でそれぞれの頭にシヴァ神のイラストと共に水、風、炎、大地にまつわる韻文が朗読される。つまりもうナンビヤールの中二病大爆発な訳だが、内容が追い付いていない。ドゥルカルはそれぞれで怒れる青年をやるのだが、キャラ立ちがイマイチで、外見をちょこちょこ変えても一本調子に感じられ、ファン以外は喜ばないと思う。第一部では粗暴な愛が娘への愛に変わる過程、第二部では愛する者を奪った相手への復讐、第三部では血腥い銃撃戦での復讐劇の中で父母の愛の葛藤を初めて知った息子の絶望、第四部では愛する者と引き裂かれた青年が、その裏にあった父親の過去の過ちを知るというもの。タイトルの意味は最後まで不明(愛する者と添い遂げられないということを表すのか?)、各セグメントの冒頭の詩とコンテンツとの関連性は希薄。ドラマ性はドゥルカルではなく、むしろ周りの人物の方にある。Roshomonは珍しく踊るタイプの曲だが、ディスコ調で踊れない俳優を踊らせる苦肉の策か。

観相師(관상、2013)をオンラインで。 

3日続けてイ・ジョンジェを見て、さすがに顔を覚えてしまった。韓流俳優の顔は覚えずに楽しみたいのに。しかしまあ、ヒーローでも悪役でもフレキシブルないい俳優だね。癸酉靖難からの世祖の暴虐を描いた作品は『王と道化師たち』でも見たはずなんだけど、基本的な歴史タイムラインが頭に入ってないんでどうもつながらない。しかしまあ、『王と道化師たち』もそうだったけど、大河ドラマみたいに歴史の表舞台を何度も手を変え品を変え描くのではなく、無名の人々のフィクションを歴史的事件に絡めながら描くと言うのは巧み。王宮の威圧感やほの暗さとか、暗さの中にも存在する厳かさとか、サンジャイ・リーラー・バンサーリーは見習ってほしい。

10人の泥棒たち(도둑들、2012)をオンラインで。 

本格的なハイストものに香港のワールな銃撃アクションを加えた長編。10人の寄せ集めが伝説のダイヤを強奪するためにチームとなってマカオに来る。韓国人と香港人(とマカオ人も?)の寄せ集めチームの中には過去の因縁がある組み合わせあり、実は警官というのもありで、皆が疑心暗鬼で裏の裏をかく化かし合い。女性キャラも多数活躍させたのは良かったが、主要なキャストが似すぎてよく分からなくなる局面もあった。普段に見ている某国映画に一般人がついていけなくなるのってこんな感じなんだろうなと思った。

イルマーレ(시월애、2000)をオンラインで。 

韓国資本で作られたイタリア舞台の映画と勝手に思い込んでた。しかし、ミニマリズムSFだと分かり吃驚。おしゃれ過ぎる東アジア映画には悪酔いする質だが、本作の舞台となった海辺の家は、住居としては実際にありえないことは分かっていながらも、幻想的な雰囲気の演出が見事。仁川の江華島の沖合の小島で、席毛島というところだそうだ。ソウルで暮らすヒロインが足しげく訪れるという設定は無茶なものではなかったことになる。タイムワープSFというとギャーンと大規模なものを想像するけど、たった一個のポストが時空のゆがみを作り出すという発想がすごい。手紙だけが行き来できる。あれ、犬は…とあとから気づくところも含めてイイ。もうひとつの海辺の家は済州ということで、これも見事。ダッさいリゾートでも人や人工物が写り込まなければお洒落になりうるとい見本か。たった2年のずれで、手紙のやり取りはあっても平行線をたどり続ける男女の関係は、男の方は女の指示によって女の過去を目撃できるが、逆はできない。女はいつでも先回りできるが、眺められるのは男だけという不思議さとその関係が最後に逆転する妙。

『トガニ 幼き瞳の告発』(도가니、2011)をオンラインで。 

実話に基づくという告発社会派映画。トガニとは坩堝の意だというが、画面は全く寒々しく、霧に由来する名前の架空の地方都市はまさに暗黒物語の舞台に相応しい。冒頭の鹿をはねるシーンは例のゾンビ映画も思い起こさせて禍々しい(俳優も同じだし)。悪役は女性も含め皆コテコテで分かりやすい。特にキモいおっさんの双子の不気味さをこれでもかと活用した。「教会」の描写が一番救いのないものに思える。障害児への性的暴行のシーンは生々しく、普段見ている某国映画との違いがすごい。子役にトラウマを与えないような形での撮影に苦労したことをあとから読んだ。裁判で被告側の嘘が次々と明るみに出てくるところは、陰鬱な中で唯一気が晴れるシーンだった。最後に裏切ったのは検察だったが、前官礼遇という慣習がまかり通るというのにも闇の深さがうかがえる。

ミス・ワイフ(미쓰 와이프、2015)をオンラインで。 

韓国文化院の提供によるコメディー特集で。しかしこれはコメディーと言うよりは人情譚だ。金が全て、人を信じることをしない天涯孤独の辣腕弁護士が、地獄の閻魔帳の書き間違い(というか入力ミス)で死んでしまうが、やはりミスで1カ月早く死んでしまった別人に転生させられ、その別人の1カ月を生きることで帳尻を合わせれば元の体に戻れるというよく分からない理屈。こういうの過去のインド映画でも見た。ただし最後まで見ると、その屁理屈も全部虚構だったのではないかと考える余地も残されていることが分かる。それにしても韓国映画で浮世離れしたリッチライフと転生ものを見せられるのは何度目だろうか。あと閻魔帳のミスを巡っては「たかだか5000万も管理できないのか」と言う台詞があって、この地獄の中継所が大韓民国だけを扱ってることが分かる。しかしレビューを漁ってみても、夫役の俳優の名を出して紹介しているものばかりだ。そういうもんなのか。

Chandigarh Kare Aashiqui (Hindi/2021)をイオンシネマ市川妙典で。 

予告編を見ただけの印象は本当にどうでもよくて、ムキムキ男とレオタード姉ちゃんがラブラブというのを見せられてゲップしそうだったけど、実見したら、それなりのメッセージを含んだクイア映画だった。今季を逃しつつある重量挙げ選手兼事務経営者が、ズンバのインストラクターとして現れた女性にぞっこんになり付き合い始める。器量よし、性格よし、セックスの相性も抜群だが、あるところで彼女は自分が性転換者だと告白し、男の方は汚らわしさでのたうち回るという話。重量挙げをやるようなマチズモの塊の男、それに超保守的な男の家族(特に女性)がその嫌悪感をどう克服していくかというのがストーリーの肝。メッセージを伝えるためには綺麗な話にした方がいいという戦略は分かるが、トランスを本物の美人女優がやったことでクイアさがゼロという点、穢れ者扱いされたトランス女性が反省した男を葛藤もなくすんなり受け入れる点が弱いとは思った。少しでも踊りが入ったのは良かった。パンジャーブ、中でもチャンディーガルを舞台にしたことには意味があったのか。

『LUCK-KEY ラッキー』(럭키、2016)をオンラインで。 

強面最強の伝説の殺し屋(その顔を誰も見たことがない)が銭湯で転んで頭を強打したために記憶を失い、金欠男に家の鍵や財布などを盗まれ、その金欠男として生きていくことになるというコメディー。後から日本映画のリメイクと知って吃驚。まあ、ループホールはあるけど強面のあんなことやこんなことを楽しむお気楽作品。一番ウケたのは、金欠男と同じアパートに住むインド人(ヒンディー語圏の人間という設定)の僅かな出演。クレジットはアヌパむとのみ。かなり面白い顔してた。

Milana (Kannada/2007)をオンラインで。 

DVDは不良品で再生できず。Raja Raniの元ネタと聞いて。しかしRRは確かに着想は貰ったろうが全くの別作品だった。感情的に振れ幅が大きいのはヒロインで、実質的にパールヴァティの主演と言っていい。ヒーローは最後のシーンを除き不動の人格者でつまらない。プニート演じる主人公は二言目には何かイイことを言い、久しぶりのカンナダ映画の旅情満喫。主人公がイイこと言うだけでなく、人生の先達たちがかわるがわる登場しては、夫婦生活円満の秘訣をそれぞれに語る。主人公の父母、ラジオ番組に登場の50年連れ添った夫婦、隣家のコメディアン夫婦、離婚裁判所の裁判官、ヒロインの父までもが。ここでは『沈黙のラーガ』やRRにあったような「結婚してから上手く関係を築いていくことの必要」や、「初恋の終わりが人生の終わりではない」という明確なメッセージはあまり重要ではなく、オカンの涙が全てを取り込んでしまっているような印象。説教の他にも年長者を敬うシーンが何度も繰り返されて、一般人ならドン引きだろうが、カンナダ人はこういうところにいちいち頷いたりしちゃうんだろうな。

今日、とある研究会で聞いたのだけど、 

中国映画のアカデミー賞外国語映画部門への出品は、ある種国家の威信をかけたものとなっていて、政府の肝いりで行われるとのこと。それに対して、カンヌ、ヴェネツィア、ベルリンなどへの出品は、中国の政府当局からの発禁がむしろパスポートになっているとのこと。

Akhanda (Telugu/2021)を川口スキップシティで。 

予想通りのボーヤパーティ節。オープニングからラストまでずっとハイテンションの高原状態。まさに映画の秘境、映画の秘宝、バラクリ秘宝館。モーディー支持者の中にハリウッド化するボリウッド嫌悪の人が増えているという昨今、テルグ人じゃないのに見て、聖牛の守護者としてのバラクリを褒めたりしているのを見かけた。貧相で老け顔でIASには全く見えないプラギヤーだが、テランガーナ人という設定は新鮮。ラーヤラシーマとテランガーナの違いで笑わせるシーンも。バラクリ1が授かった子供が女児であるというのにもメッセージがあるか。圧巻の見せ場はバラクリ2の方であるのは間違いない。前半はバラクリ2を華々しく紹介するためのプロローグとも言える。とはいえ前半のイントロも、総立ちの民が花吹雪を降らせるという臆面なさ。前後半通して、最近聞かれなくなった「いい気なもんだ」を思い出した。また、前後半ともダンスの振付、スタントの振付が神業。繰り返される法輪のイメージは美しく演出される。最後はオカルト風味も混じり、心身却すれば火もまた涼しロジックでとことん盛り上げる。

もっと見る
映画ドン-映画ファン、映画業界で働く方の為の日本初のマストドンです。

映画好きの為のマストドン、それが「映画ドン」です! 好きな映画について思いを巡らす時間は、素敵な時間ですよね。