FREWAKA/フレワカ鑑賞。 

もうちょっとフォークロア系のホラーだと思っていたのでファミリーヒストリーな話は期待とは違っていたのだけれど、これはこれで"わかる"感があって好みではあった。
(自分が産むわけではないが)親になるという時期、人間的に、また精神の不調の意味でも親としての資質の意味でも「母親と同じにはなりたくない」意識が強いシュー。ヤツらが何かはよくわかってないままだし、土着の?宗教とキリスト教的価値観も混ざっている?ように思うけど、女性の話・親子の話としてルールがきちんとしているのは面白かった。
他人ではなく実は血縁のあった人が自分を気にかけて守ろうとしてくれている、その事実が、自分の子どもも狙われる?となった時に自分を犠牲にする選択に繋がったのかなと思う。洗濯女とかはスコットランド伝承を調べた時に出てきた怪異?だったのでちょっと嬉しかった。

アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし鑑賞。 

痛そうすぎる。美は痛みを伴うとかじゃなくて、全人類、もうちょっと健やかに痛くなく美しくいてほしい。
自分自身の顔体を変えていく話で、しかも何のためにそうするのか本人はイマイチ理解してないんじゃないかというところも痛々しかった。あんなの犬のショーじゃないか。親に連れまわされて、容姿を審査・性的に評価されて、にこにこ媚びて…ペットか家畜じゃんあんなの、グロすぎて吐きそうだった。
本人が本人のためにそれをするなら、まだ仕方ない、つまりどうしようもない娘だなぁと思いながら観られるのだけど、あの夢みがちさでは王子様の愛情を勝ち取る本当のところすらあまりわかっていない気がする。
アグネス=シンデレラの話で、ただ意地悪な義姉妹だったらいいけど、エルヴィラの努力(または毒親の言いなり)を中心に見せつけられるのが余計にハード。そういう、結婚=成功のレースに乗らないアルマという存在が、おそらくエルヴィラにとっても、また観ている私にとっても救いだった。

CROSSING 心の交差点鑑賞。続き。 

「イスタンブールは人が訪れては消える場所」と劇中でも言われるが、文化の東西が交わる場所で、いろんな人がいて、いろんな言葉が話されて、そんな場所に飲み込まれて使い捨てられて消えていく人がいる一方で、出身が同じ国の人にあえば懐かしくなって胸襟を開く味わいもあって、そういう雑踏みたいなところならではの見応えがあった。イスタンブールって言ったら、すごい観光地もあるのに、あんまり綺麗じゃない場所がいっぱい映るのも、観光映画じゃない感があって好きだった。
テクラを探しに行った先、トランスジェンダーのセックスワーカーの人たち?がいるアパートでの「私たちのことを探してくれる家族がいる?」という一言がグサっときた。そういう人ばかりが集まっているんだろうなというのと、テクラもきっとそのうちの一人だったんだろうなというのが、すごく胸が重くなった。
最後のあれ、本当に会えたのかなって、ほんの少しだけ思う。あんなにたくさん人がいる場所で偶然出会すなんて、ありえる?残酷だけれども、もしかしたらあの再会はリアの伝えられなかった懺悔で、想像の中だったのかもしれない、とも思う。

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CROSSING 心の交差点鑑賞。 

まずとにかく人の顔が良かったのと、場所が良かった。イスタンブールという街をそのまま表しているタイトルとその交差点みたいな場所へ飛び込んでいく内容のマッチ。
愛想の悪い頑固そうなリアの顔。テクラに対してはそれがほころぶ。この人、こんな優しい顔もするんだとグッときた。なんだかひょろっとして頼りなさそうなアチ。ふらっと遊びに出たら支援団体で活動してるエヴリムに繋がるという適当さも彼の見た目の適当さに合っててなんか好き。そしてその適当な彼も、兄夫婦の居候から逃げ出したいという結構重みのある設定を背負っていたり。
エヴリムの、タクシードライバーに色目を使われる時の、安く見られたくはないけどまんざらでもないみたいな顔。あんな顔されたらちょっと好きになっちゃうよなー。

トゥギャザー鑑賞。 

最初に「こういう話だな」とわかる映画ってあって、例えば『ミッドサマー』なんかはすごく簡単で、最初の絵でそれがわかったりする。今回は最初に「メンタルヘルスに問題があるのが男の側の『ミッドサマー』なのでは?」の予感があり、最後のハッピー?エンド具合も含めてまあまあ外れなかった気がする。ジェイミーの正体・真意は意外だったし、身体的な痛み、それも二人が物理的にひっつくという現象が特異だからそっちに目がいってしまうけれど、『ミッドサマー』ととてもよく似たものを描いている気がする。
それはそれとして、「愛している」と言いながら互いの体を傷つけ合い、関係に良い時と悪い時の波があるのはDVっぽいし、電車に乗れないティムの描写はパニック障害を想起させるし、そういうことなのかもしれないという私の勝手な(そしてあながち間違いでもない気がする)連想に結構本気でハラハラしてしまった。

恋愛裁判鑑賞。 

「裏切る」って強い言葉だと思う。日常生活で使うことって、ある?浮気とか会社の情報を売り飛ばすとかだったら使うかもしれないけど、ただ恋愛をするだけで「裏切った」なんて、アイドルって割に合わない仕事だなー。それは、単に私にはあまり馴染みがなく、しっくりくる世界ではないからか。正直、それくらいの感想しかない。
それにしてもナナカの一言がすげーと思った。契約違反かどうかで裁判をしているマイに「本当は契約とかどうでも良くて、ファンがどう思うかが問題だ」みたいなことを言っていて、こういう類の騒動を全部ファンに押し付けた一言なのでは?と笑ってしまった。面の皮が厚い。

ランニング・マン鑑賞。 

先日ツッコミを入れながら『バトルランナー』を配信で見て、そういう見方をしたからそこそこ面白かったのだけど、規模がデカくなって、でもファミリー中心という意味ではある意味小さくなったような気もする。悪くはないけど。派手なアクションだし、特別悪いところもないんだけど、なんとなく「もっと面白くならないのかな?」と思ってしまうのは、エドガー・ライトに期待し過ぎなのかも(私は『ホット・ファズ』が人生ベスト10くらいに入れてるくらい好き)まぁ、その点で言えばマイケル・セラの役とかは美味しかったか。

ペンギン・レッスン鑑賞。 

着いてこられても困る…なんとかおいていきたい…みたいなやりとりが単純に面白かったのはあるけど、ペンギンが何をするわけではなくても、何もしないからこそ皆が心を開くセラピーアニマル要素と語りかける俳優の演技が面白かったし、アルゼンチンのこと全然知らなかったな…と思う。ペンギン周りは柔らかくて面白いけど、ハードな政治・社会面や、学校の方針と同様ことなかれ主義なトムが己と向き合うようになれたのがむしろ見どころだった。
リバティ・ベル・マーチがかかった!どころか「フライングサーカスのOPで起こされた…」と愚痴ってた☺️

長安のライチ鑑賞。 

食べる人だけが気づかない、きっと血の味のするライチ。テンポも良くて、主人公の昼行燈ぶりや奥さんの気の強さ等キャラクターも面白いし、嶺南へ向かう時のラップ?曲もかっこいいし、現地での仲間集めやライチ運搬の試行錯誤(とここで生きてくる主人公の細かさ・数字の強さ)と、前半はとにかくアガる要素が多くて面白いんだけど、無計画に無理難題を押し付けてくる上のやつらがカスだな…とうっすら思っていたのが次第に大きくなり、後半はだいぶ色合いが変わってくる。
歴史ものだしそれが迎える末路も知っているから溜飲がさがらないでもないけど、人気取りと立場の確保のためだけに足元で働く民を見ないで発される指令に怒りをおぼえるし、民を見ない為政者って意味では別にこれって「昔の話だから」で片づけられるものでもないよなとも思う。溜飲がさがらないでもないと書いたものの、このライチ騒動がきっかけでもなんでもなくてもともと勝手に腐ってて落ちただけの国でもあるので、やっぱりすっきりはしない。すっきりしなさ=悪い映画ってことではなくて、報われなさとままならなさが良い味わいだった。

グッドワン鑑賞。続き。 

別のキャンプグループとの会話でサムがなんとか間をとりもとうとしたり、父の過去の行動(勝手に帰っちゃった女の話)に苦言を挟んだりするけど、クリスが見事にスルーして台無しにしていくので、美しい映画だけど落ち着かない、良い意味で。ホモソの何を知っているわけでもないのでこういう言い方あまり好きじゃないけど、マウンティングとか老害ホモソーシャル仕草のお手本みたいだなーと思った。
勝手に帰っちゃった女の話→その人の気持ちも考えなよ→サムが勝手に帰っちゃう女になるので、父と友人は昔からああいうデリカシーのなさだったんだろーな。

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グッドワン鑑賞。 

なんとなく「こういう美しい自然の中にいると、心身ともに健やかになってわだかまりも消えるよね」みたいな気でいたのだが、わりと決裂してる。しかし、娘にとってはここで父を見限ることは健やかな決裂という気はする。家族とはいえ、というより、家族だからこそ、言ってはいけない・越えてはいけない一線があって、サムとクリスがギリギリで保っていた信頼は、簡単に崩れてしまった。家族だから一緒にキャンプ旅行だってするけど、家族だから「嫌だ」と思った感覚をただ受け入れてほしい。その一つだけでもクリアしていたら、そこそこ仲の良い親子であれたんじゃないかなー。…しかし、最後の石は、クリスとしての「おまえの不満は理解した」の表明だったのかなぁとも思う。いや、言葉でサムにちゃんと謝れよ。

HELP 復讐島鑑賞。続き。 

男女二人の話だが、ちょっと打ち解けたところで恋愛関係になれるのか?という点で、たとえ婚約者殺しが無くても、地球で最後の二人になっても、互いに見下している相手なあの二人にその目は絶対に出ないと思う派なので、「愛してる」が100%口先にしか見えないのはある意味誠実な映画だ。それはそれとして、セックスはしてるかもなと思う、二日酔いの朝のビーチの手の跡。
飛行機内でリンダのオーディション映像を見るとき、「面白いものを見つけた」と差し出す副社長ポジションの部下/友人に、ブラッドリーがノートパソコンを自分の席まで持ってこさせて序列をわからせるシーンが意外と好き。女性とはまた違う陰湿さを感じる。

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HELP 復讐島鑑賞。 

似ていると聞いたので事前に『逆転のトライアングル』を見てのぞんだところ、予想以上に一緒の部分もあるが、上司と部下で男女一人ずつなため、こめる皮肉?エンタメ要素?も違っていて、これはこれで良き。『スペル』チックなサム・ライミが見れたのでなんかもうヨシ。むしろ、そのおかげ?で『逆転の~』とよくもゲロ噴射までそろえたなぁみたいな😅
パワハラクソ上司というのはもっともな宣伝文句だけど、部下の方も絶妙に野暮ったく空気が読めない(ブラッドリーがクソなのと関係なく、同僚とのコミュニケーションも微妙)。しかし仕事においては有能だったリンダは島でも有能で、立場の逆転ですらなくて、単に何にもできないお坊ちゃんがちょっとお手伝いができるようになったね☺️という話にとれてしまうのは私の見方が意地悪すぎるか。リンダの方が、行くとこまで行ってしまったなぁ…実践でサバイバル知識が実を結んだことで、箍が外れたというか、頭の中にある計画を遂行してしまえる人間になってしまったというか。

逆転のトライアングル鑑賞。
わりと全方位に意地が悪いけど、面白いは面白かった。あの状況で「船酔いには食事が効くのか!」ってならないよぉ…クレオソート氏ばりの噴射が多人数で発生するのもひどい🤮🤣
自分の所有物と思っている間は「自由にさせてやってる」的な余裕をかまして他人も見下しているのに、恋人(に当たる人?)が少しでも所有物らしからぬ振る舞いをすると怒りや不満を表すのとか、ちっさくて笑える。そもそも所有物ではない。そこにいる誰もが「対等な人間」ではなく、見た目や財力・能力のランク付けが人付き合いのベースになる。船でも、島でも。でもたぶん、それを低俗だなと思う私も、他人に対してそういうジャッジをしてないと言い切れない。そういう意地の悪さにヒヤっとする。
直近に『細川ガラシャ夫人』を読んだので、カールはむしろヤヤがいない方が不満?から解放されて安寧が手に入るんじゃないかという気がする。それが幸せかはわかんないけど。
一番好きなシーンは、来るべきチップを目標にする接客担当?クルーの盛り上がりに対して、さらっと映される下層クルーのシラケ具合。

ぼくの名前はラワン鑑賞。 

難民映画祭の作品の一つというのもあって楽しみにしていた。自分のことを自分で語る、言葉を手に入れることって、フィクションでもノンフィクションでもよくあるし好きなテーマだけど、聾者が、異国で、それを獲得する話なので、より胸に迫るものがある。
序盤のラワンを観ておとなしい子なんだなーって思ってたけど、終盤の生き生きと友人たちと会話する姿はびっくりするほど違っていて、言葉を得て他者に表現できて初めてわかること、"本来の姿"とかよく言うけど、家族どころか本人すら自分の明るくて饒舌な性格をそれまで知らなかったのかもしれないというのがとても面白かったし、勉強になった。
難民という立場の難しさプラス聾唖のハンディキャップの話で、また(後々その感覚は和らぐとはいえ)母国の価値観を引きずって両親が手話をよく思っていないとかのテーマは重いけど、重苦しい映画ではなくて、ラワンの利発さと逞しさ、あとお兄ちゃんの優しさもあって、軽やかな気持ちになる素敵な映画だった。

ウォーフェア 戦地最前線鑑賞。 

威嚇飛行の迫力に驚いた。というか、もうかなりビビった。あれ、あんな場所であんなのされたら、マジで怖い。
前作『シビル・ウォー』でもそれまで何とか上手く乗り越えてきたけど突然ダメになってしまう人が出てきた(主人公だった)が、今回はウィル・ポールターがその役目で、ポッキリと折れる人フェチを感じる。創作物における感情としては美味しいけど、こうリアルな作品?状況?でやられると、観てるこっちもわりとダメージを受ける。
サムやエリオットを観ると足蹴るな💢とか無事に助かってくれ!ととても思うんだけど、ふと冷静に(?)市民目線になると、わたしんちに何してくれんのよ💢が後味としてめちゃくちゃ残る。

28年後…白骨の神殿鑑賞。 

ヴォルデモート卿がノリノリで踊っていらっしゃる…尊い…いや、それは置いといて。一番のメインだけど置いといて。
幼稚な残虐さと強いリーダーシップの下で結びつく若者グループと、孤高の老賢人ケルソンの対比が印象的。サー・ジミー・クリスタルの残虐さはある意味見どころかもしれないが、やはり前作に感じた、死んでしまったら失われるものの大きさを感じる。
ケルソンとサムソンの結びつき、たまたまなのかわからないけど治癒できたという事実や技術は、もしかしたら今後誰にも伝わらないかもしれない。ケルソンが残したものが誰かに、ちゃんと理解できる人に届くことを願ってやまない。そして、サムソンであるところの、28年前に少年だった彼に、28年間の意識があるのか、これからどうなっていくのか、とても気になる。スパイクたちや1作目のキリアン・マーフィーたち?のことも。

28年後…鑑賞。
映像がめちゃくちゃ綺麗な気がする。去年配信で見た『28日後…』と比べるから余計にそう思うのかも。脚本がアレックス・ガーランドたけど、それと関係なく、映像の質感?緑色の鮮やかさ?に『エクス・マキナ』を思い出した。
感染者、特に"アルファ"の怖さはもちろんあるんだけど、そこよりもスパイク少年の成長と親離れ譚。死にまみれた世界だけど、選択した死、安らかな死が癒しであったことも印象深い。
メメント・モリは人間はいずれ死ぬのだと覚えていろということだけれど、死んでしまったら失われるものがたくさんあるというのも意識させられた。母親の中にしかないもの。例えばスパイクの祖父に関する記憶はもう誰も知る事はないし、襲いに来たあいつを実は母親が殺していた事実?も、スパイクは知らないまま。なんだかそこに美しさと寂しさの両方を感じる。

海辺の映画館-キネマの玉手箱鑑賞。
時間も場所も人もも変幻自在に、戦争の歴史・映画の(おそらく日本映画の?)歴史を辿る旅路。と聞くとなんか面白そうなんだけど、見ると全然違うと思う。歴史、特に日本映画の歴史を知らない/思い入れがないといえばそうなんだけど、あってもたぶん面白くはならないような…。なんなら新選組好きだし、鳥羽伏見の戦いなんてまあまあ興味ある方なのにね。
これは…映画…なのか…???配信で途中で見るのやめたりして何日かかけて見たからまだいいけど、これ劇場で観たらそうとうしんどかっただろうなぁ。フラッシュアニメみたいなところもあって、なんか…安っぽい…。言いたいことはわからんでもないが、どうしてこの形になるのかはわからない。

π(パイ)鑑賞。
数字にとりつかれた男が精神のバランスを崩していく…いや、そもそも崩していたのか?そういうところは『ブラック・スワン』にも似ていて結構好きだ。あと、別にモノクロだからってだけじゃなく、主人公がちょっと変わっていたりして一筋縄では行かない話の雰囲気に、クリストファー・ノーランの『フォロウィング』を思い出した(これは夫も言っていた)。
NY、地下鉄、ユダヤ人コミュニティなんかを見ると、『コート・スティーリング』の答え合わせというか、なるほどこういう作風か!と納得がいくところも多い。

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映画ドン-映画ファン、映画業界で働く方の為の日本初のマストドンです。

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