あんのこと鑑賞。
普通に全体的にしんどいんだけど、一番嫌だったのはあの母親があんを「ママ」って呼ぶこと。何か要求する時だけ甘えるようにそう呼んで、そのくせ「親殺せるのか」ってすごんだり。責任や生き方を娘に丸投げしてるようで、とても怖かった。
一度抜け出せても引き戻す力が強いのって難しい。本当につらい話ではある。でも、バカで何もできない自分と思い込んでる無気力サイクル・環境から抜け出せる、学び直せる、自分にはできることがある、自分が嫌じゃなくて充実してるって思える行為で人から頼ってもらえる、そう思えるということが人間にとってどれだけ大切かとわかるのは希望だなぁとも思う。
預けられた子どもを育てるエピソードはあんの生き甲斐となって〜というのはお話としてはとても良かったけど、急に現実感が薄まった(おもちゃそろえたり、食事気をつけたりするような長期間、問題にならずに過ごせることなんてある?という意味で)…と思ったら、実話ベースだけどそこはフィクションなのか。

きれっぱしの愛鑑賞。 

美術館で現代アートを鑑賞するときの「なんだかよくわからないけどちょっと面白い」みたいな感覚がずっとあった。それが私の理解につながりはしてないのだけれど(つまり私にはまだ早い概念だった笑)
子どもも大人も、考え方がとても…なんだろ、自立してる?人との距離感とか。それでいて緩くまとまって家族を成している。本人たちにそれなりに思うところはありそうだけど、他人からの良し悪しを越えてあるがままが映ってるのが面白かった。
ハイキングのシーンほか、とにかく景色が美しい。最近の若いやつはスマホばっかり!と言うほど、子どもたちの遊びがデジタルデバイスに寄ってなくて、豊かだなぁ(危険もあるけど)

ブリング・ハー・バック鑑賞。 

怖いとか怖くないとかを越えて、痛そうすぎて😨ただ、痛そうなのが話として上手くいってるかはよくわからない。そういうオカルト?カルト?部分よりも、ガスライティング的なあれこれが怖かった。お兄ちゃんがどんどん追い詰められて(妹から誤解されたままじゃないのは救いだとしても)命まで失うのがしんどいー。妹想いのいい子なのに…。
それはそれとして、ちょっと変わってるけど一見良い人そうな、その実一番狂ってるサリー・ホーキンスっていうのは見応えあった。そこは好き。

さよなら、僕の英雄鑑賞。 

思ってたのとだいぶ違った、面白い(笑っちゃった)って意味で。北欧!大自然!勘違いゆったりコメディかと思いきや、かなりブラック🤣一方で、結構えぐめの暴力描写にギョッとしたりもする。そしてビートルズかと思っていたらABBA映画だった🤣
お金の問題が解決すればきっとアンカーは一人でどこかに行ってしまっただろう。めちゃめちゃな暴力事件の末に、"思い出した"から、マンフレルのもとに残ったのだし、ライブも見に行ったのかな。あれだけいろいろあってこんな優しい結末にできるのか!というのも面白かった。姉も民泊オーナー夫婦も受けたとばっちりがデカすぎるけど。

ロングウォーク鑑賞。 

もっとこう…醜悪な話になると思ってたら、(少佐とか偉い人の考えることはさっぱりわからんが)なんか人間って美しいな?みたいな気持ちになった。ただ歩くだけの話にここまでドラマを盛り込めるのか。しかも、1位を決める話なのに、足の引っ張り合いや殺し合いとかの嫌な感じではない方向の話を。
レイとピーター。そうではない世界で言ってみれば"文化的な"生活をしてきたレイと、そうではない世界でそうではない生き方をしてきたにもかかわらず?独自の方法で善良さ?にたどりついたピーター。復讐への意志が善良さにときほぐされ、けれど譲られたピーターは復讐を継ぐっていうのが、なんかまだ消化できてない。気持ちは理解できるし、映画自体は面白かったけど、あの瞬間を消化はできてない。土砂降りの暗い道の向こうをまだ覗き込んで固まっている感じ。

アダムの原罪鑑賞。 

なぜそういう状態だったのか、予告以上の情報が特に得られなくて、なんなんだこの母親…みたいな感想ばかり浮かんでくる。そして、なんとかアダムを救いたい、ついでに母親もなんとかしてあげたいと思っている看護師の気持ちもわかるけれども、この親子(母親)にそこまで入れ込んでも何も響かないのでは?という不安が拭えない。

幸せの、忘れもの。鑑賞。 

終盤にアンヘラの聴覚を体験することになって改めて、自分が生きる世界ってなんて音に溢れているんだと実感。出産シーンの騒々しさなんて本当に…。ただでさえ初めての出産なんて不安だろうに、指示も何もわからないなんてめちゃくちゃ怖いだろうなー(もうちょっと病院側とルールを決めたりしないのか?)と深く深く思ったのは、この映画が、今の自分にとっては予習みたいなところもあるから。なんならちょっと泣いた。すっっっごく頑張らないといけないんだな…尊敬…みたいな感情で。
妻/夫の友達との関係とか、献身的なエクトルに対してアンヘラからはそんなに歩み寄ろうとしてないように感じられて、でもそれは今までの人生の積み重ねで生まれてきたものでもあるだろうし、なんとも言えない苦しさも感じた。手話を恥じる子がいる他の家族を見て不安になりもするけれど、その同じ家族を見て「意外となんとかなるかもしれない」と思えるようになる過程の話でもあって、自分のことで精一杯なときは気づかないこともあるよなぁ、とも思った。

黒牢城鑑賞。 

官兵衛のアームチェアディテクティブ的な話かと思ってたら、まぁそれもあるんだけど、官兵衛こそが耳からゆっくり毒を注いで崩壊させてくるタイプの人間で、そいつを信じると碌なことにならないぞ…という底の知れなさが気持ち悪くてよかった。村重が官兵衛にどんどん頼っちゃって、どんどん抜け出せなくなっていくの、よく考えたら怖い。自分に不利になる策を最善策だと思わされていた!と気づいても、もうそれしか解決策がなくてそうしてしまうところに、そこはかとなくエロさを感じる(なぜ…)
荒木村重の、基本的には重々しく思慮深い城主像も結構好きだし、それがちょこっと崩れちゃう「寅申惜しい!」のジタバタにキュンとしてしまった。かわいい。

スーパーガール鑑賞。 

面白くないわけじゃないけど、普通だった。スーパーガールじゃなくて…なんだろスターウォーズとかでもできそうみたいな。どうせスーパーガールをやるなら、もうちょっと何か新しいものが観たかったな。いい子ちゃんじゃないカーラはDCSHGなんかでもそうだったからそこが合わなかったわけじゃなくて。(今まで見たことあるスパガ作品と違って)地球に義理の家族がいるとかでもないっぽいカーラが、特に思い入れのない地球に帰ってくる意味もちょっとよくわからない。これが観たかった!(これが観れたから100億点加点!)みたいなものがそんなになかったのかもしれない。

急に具合が悪くなる鑑賞。 

真理とマリー=ルーの話だけど、マリー=ルーとソフィの話でもあって。この世界、終わってるかもしれないけど、正反対の考え方をしてたって歩み寄る余地はある、そこに互いの敬意があれば。そういう敬意の話だし、「あなたを知りたい」って恋だと思ってるので恋の話だとも思う。性愛的な恋ではなくとも。
言葉が違うというのもあって、身体的な動作が登場人物の心情に丁寧に繋がっている気がして、例えばユマニチュードを理想としている人(マリー=ルーだけじゃなく副施設長の人とかも)が、大事な話をする時に相手と目を合わせたり、そのために椅子を引き寄せて座ったり、あるいはゴローさんが日本語で芝居をした理由…母語の方が感情を乗せられるからというのも観客への敬意であると思うし、そういう動作や心遣いが作品自体と噛み合っていて上手いなぁと思った。

アイ・ワズ・ア・ストレンジャー鑑賞。 

過酷だった…。しかし、時間差で交錯していく、一人ずつをフォーカスしながら「あれ?後ろにいるこの人…」となる見せ方が面白いので、とても充実した映画体験だった。
医者として働くのは想像を絶する過酷な現場、家族団欒の普通な生活は瞬時に消滅する。そして地獄。あるいはキャンプから逃げ出し、小さなボートで大海原に放り出される。いろんな人が命からがら逃げのびて(あるいは失って)今を生きている。逃げて命を脅かされる心配はなくなっても、全然十分な生活は送れていない。そうとわかる最後がかなり心にズシッと重みが来た。国から逃れて何の証明も保証も無く生きるってそういうことだと知識としては知っているのに、やはり映画のその部分にひどくショックを受けたのは、作りが上手いからか。

Michael/ マイケル鑑賞。 

天才だけど、すごく孤独で寂しい人という印象だった。ずっと"有名人"で友だちも作れなかった子どもの自分が、そのままあのナイーブな大人の中に存在しているというか。だから子供の慰問に行くし、だから父親にも逆らえないままで。ていうか、父親が強烈…。
あの手袋は白斑を隠してたのかー。うちの母も白斑(しかも顔にぶわっと出てる)で苦労しているので、マダラに色が脱けていくと、しかも人前に出る仕事の人はどうしたって気に病むよねぇ…と、本筋とは違う部分で同情してしまった。
それはそうと、そういう優しい家族思いな聖人君子がてっぺんに上り詰めて、死にかけてもカムバックして、父親の呪縛からも逃れてめでたし!って、すごーくあっさりしている。知ってる曲はいっぱいで煌びやかで楽しかったけど、あまり何も残らない感じはあった。もうちょっと自分の感情に動いてほしかったみたいな感覚。

モータルコンバット/ネクストラウンド鑑賞。 

一作目観てないどころか、プレイしたことあるのは『INJUSTICE』(モーコン版DC格ゲー)であって、モーコン知識はほぼゼロなのに観てしまったが、それなりに楽しめた。わかりやすいキャラクター設定にわかりやすいストーリー、攻撃エフェクトが派手でゲームっぽくて楽しいねー子どもでも観られそ…と思った途端にフェイタリティぐしゃーん!って来るので、あ、お子様向けではないエグさ😆となる。
インジャス→DC繋がりで、観たことあるなーと思った人が、ドラマ『スーパーガール』のジミー・オルセンだった。相変わらずかっこいい。死んだけど。

ビーニー・バブル鑑賞。 

なんでこんなに時系列が行ったり来たりするんだろう?わかりにくいーと最初は思ったものの、タイの成功譚に見せかけたロビー/シーラ/マヤの話で、ここがこう繋がってたわけか!となると、タイのクソさも見えてきて、面白くて満足度は高かった。
ハッピーセットのおまけとか、先月くらいだったか、早く帰りたいのに道路がめっちゃ渋滞してたの思い出して、ちょっと笑えなかった。どこの国でも・いつでも変わらんじゃん…。

ヴィヴァルディと私鑑賞。 

『四季』(を作曲したりとか)の話ではないのか!タイトルも「春」なのに!と思ったけれど、それはそれとして話は面白かった。
院長たちや彼女らを"買いに"来るおじさんたちはともかく、女の子たち自身が処女とか家庭に入ること(そして何もできなくなること)を自分の価値であると内面化しているのもなかなかグロくて、観た甲斐があった。読み書きや音楽、裁縫他、そこで受ける教育が生きるためではなく、商品価値を高めるためというのもゾワゾワする。彼女たちの演奏でどれだけの感動が起こっても、姿や顔を隠して、個人として賞賛を浴びることもない。チェチリアが拍手を浴びて見せるはにかんだ笑顔が、すごく可愛いんだけど、すごく苦しかった。夢見させないでよ!って気持ちもわかるし、それでも賞賛自体は受けてほしいし、自尊心も保ってほしい😢
貴族の屋敷の豪奢さと孤児院の質素さ、孤児たちとの食事シーンの違い、ヴェネツィアの美しさと水路裏の汚さ、そういう対比や全体の空気感がすごく良かった。

ザ・コラール 希望を紡ぐ歌鑑賞。 

風景も最高だし、キャストも悪くないけど、翻訳のせいかなんだかちょっと台詞にわかりにくい部分があったりして、例えば3話くらいでもいいからドラマとかで登場人物それぞれをもう少し描いてくれたらもっと楽しめたかもという勿体無さがあった。隠さなければならない恋、成就しない恋なんかもわかるんだけど!ほのめかしが過ぎて!もうちょい!
工場長、オラトリオの主役を張るほどではない…となってたけど、悪魔役で普通に上手いし!この作品自体の役としてはかなり美味しかった。あの夫婦(と息子)の話とかも深掘りできそうなのに物足りないー。主役を射止めた復員兵も、普通に話す時の声がすでにめっちゃ良くて主役に納得しかない。

シラート鑑賞。 

死にたくなくても死ぬし、死にたくても死なない。人生ってそういうことかもしれない。それを知るには見せ方が過酷だけど。

箱の中の羊鑑賞。 

親にとって子を失くすほど大きな悲しみはない、きっとそうだと私も思う。それでも、どんな技術でも魔法でも帰ってくることって無い、とも思っている。だったら、外側が同じなのは余計虚しくないかなぁ、結局違うところばかり目につくし、成長するわけでもないし…と、どうしても思ってしまって、あまり私はこれに向いてない。養子じゃダメ?とかも最初に思っちゃって、しかも途中で妹家族はそうだとわかるし。まぁ、ふんわりフィクションにエグさが増しちゃって養子の話ではダメだから、人間の子ども(実子かはわからんが)や子型ヒューマノイド(理想の外見に作られたはず)を蔑ろにする大人の描写も入ってるんだろうけど。
それはおいておくと、ある夫婦が前を向いて過去を手放す子離れ的な話、かつ、かつて子どもであった自分と自分の親との関係の清算の話であったのかな?という見方になるのだけれど、なぜロボットの話に?というのがずっとノイズになって、あまりハマれなかった。
近未来で、あんなにオシャレ?な、動線どうなってんの?な家でも、カップ焼きそばのお湯捨てるとシンクはベコンってなるんだ…。

ラプソディ・ラプソディ鑑賞。 

ストーリーがどうとかいうよりとにかく苦手がきてしまってあまり楽しめなかった。ほとんどの会話が日本語が不自由なのかな…と思うくらいに、みんな「なぜ・どうやって」が質問できないし、質問に答えないし、説明下手くそすぎるし、私が私が!という話し方ばかり出てくるのが、とても苦手。そういう、なんかふしぎちゃんばっかりのふんわりアースの話だとしても。
ちゃんと会話ができるのゲイチくんと(勘違い女だとしても)毒島さんくらいじゃん。おじさんはなんか浮世離れしてるからおいといて。

マテリアリスト 結婚の条件鑑賞。 

金か愛かというテーマに対して、為人を十分知ってる"元カレ"を使うのはちょっとズルい気がする。そりゃあそう…みたいな結末。むしろ、ビジネス要素強くてもハリーと連れ添って"愛"なるものを見つける話でもいいじゃん、ダメなの?つまりは金か愛かがテーマではなく、元カレと今会ったら付き合う=結婚するかも!みたいな話だったのかなー。
結婚と愛がイコールになってるのもわりと合わない。原始人、たぶん結婚とかの制度ないのに出すの違くね?となってしまって。共同生活(なんなら一夫一妻じゃなくて、そこそこ大きなコミュニティを作って共同で番と子育て)した方が生き残り率上がりそうだし…あの原始人とルーシーでは状況(元カレ要素)違うし…などと、余計なことを考えてハマれなかった。

もっと見る
映画ドン-映画ファン、映画業界で働く方の為の日本初のマストドンです。

映画好きの為のマストドン、それが「映画ドン」です! 好きな映画について思いを巡らす時間は、素敵な時間ですよね。