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ストレンジ・ダーリン…そんな出会ったばっかのやつとセーフワードがいるようなプレイ、どっちの立場でも私は無理。
フロントライン…美談みたいな映画観るのきついわーと思っていたけれど、(ハードル下げていたのもあって)思ったより見やすかった。
ファンタスティック4:ファースト・ステップ…そんな杜撰な計画で何とかなると思ってたの?マジで?頭いい人が?話、穴だらけすぎない?
夏の砂の上…暑い時に見た、暑い映画。
MELT メルト…しんどすぎる。すげー映画だけど、二度と観たくない。

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先月いろいろ鑑賞したのに、なんか気力がなくて書けなかったので、ざっとまとめて一言感想。
秋が来るとき…みんなが少しずつ嘘をつき、みんなが少しずつ嘘を見ないふりをする。壊れそうな美しさと不安。
でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男…しんどいー。亀梨和也の役を綾野剛ならできそうだけど、綾野剛の役を亀梨和也はできなそうな気がする。
F1/エフワン…かっこいいはかっこいいけど、いつまでも「かっこいい」でいなきゃいけないって大変だなー。
カーテンコールの灯…演じることで、今の自分からほんの少し抜け出す。表現や共有は痛みを伴うけれど、そうしなければきっと前に進めないんだろうな。もちろん重くもあるけれど、こういう癒しの話って、好き。

顔を捨てた男鑑賞。続き。 

芝居の役も恋人(候補?)も奪われて、憎いはずなのに。オズワルドに自分を重ねて見ているのか、憧れているのかわからないけれど。彼が憎くても、彼を馬鹿にした男を刺すほど、自分と彼とを切り離せなくなるエドワード。(強制的に)切り離されて1人でそれなりに自立して生きていけても、彼らの世界にいると、メニューすら決められなくなってしまう姿が、あまりにも哀れで、同時に滑稽で、なんとも言えない気持ちになる。そしてセバスチャン・スタンのあの表情である。泣きたいのか怒りたいのか笑いたいのか、その全部が混ざり合ったような顔が、見事にこの映画に噛み合っていた。

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顔を捨てた男鑑賞。 

エドワードであった自分を死んだことにしてガイになることは、もともと彼自身の選択だった。それなのに、生きる上での障害は消えてもどこか空虚さを抱えたまま生きて、さらに捨てたはずの顔をかぶって"エドワード"をやり直す。芝居に乱入してからはそりゃあ狂気じみているけれど、どちらかと言えば、自分が殺した自分にもう一度なろうとする精神の方が、私は病的に感じた。
そうして自分を消した男の前に、自分が恥じて苦しんでいた頃の姿のままであってもみんなから愛されるベターバージョンたるオズワルドが現れて、エドワードの主体性はどんどん消えていく。

スーパーマン(2025)鑑賞。続き2。 

文句はそれなりにあるけど、それ以上にスプスとルーサー君が最高に良かったので、もう良い。
スーパーマンの映画としてはめちゃくちゃ楽しかったし、全体的にスーパーマンもルーサーも若くて未熟?伸びしろがある?感じで応援したくなるし、クリプトンの遺児ではなくカンザスで両親に愛されてのびのびと育って、それゆえに正義感あふれる地球の青年であり、そういうスーパーマン像を彼が自分で選んだ結末は、本当に本当にすごく良かったと思う。

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スーパーマン(2025)鑑賞。続き1。 

その上で、人間と同じで彼も失敗したり行き届かなかったりすることもある。けれど、SNSのクソみたいな罵倒じゃなくてロイスのように公正な人が的確で鋭い評価と批判をくれる。それにもちろんカンザスのケント夫妻。クラークが一面記事を書いたことでお祝いの電話をくれる。スーパーマンなんていくらでも人を救っているのに。周りにいる人によってスーパーマンがよりスーパーな存在であるというのがとても好き。
それにしてもルーサー君よ。2度観て思った。この映画で一番好きなの、ルーサー君だ。人間より、ていうか自分より優れた存在であるスーパーマンを許せない。自分が人類で一番、その証明に完璧なものを倒したい。逆に言うと、最高の人間であることの証明のためにスーパーマンに完全無欠でいてもらわなければならず、スーパーマンに宇宙で一番完璧なヒーローであってほしいのはルーサー自身である。そういう見方をすると、(ニコラス・ホルトの顔をしているというのもあって)悔しくてギリギリと歯をかみしめて泣いちゃうルーサー君、かわいい!結局犬にボロボロにされちゃうのも無様ー!!!もはや愛しい。

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スーパーマン(2025)鑑賞。 

私はスーパーマンというキャラを神聖視?しているので、映画には…というかジェームズ・ガンの『スーパーマン』に、実はそれほど期待していなかった。というわけで、スーパーマンとしては最高にスーパーマンだったし、やるじゃん、ジェームズ・ガン👍って感じだった(なぜそんなに上から目線なのか…)(後乗りして全部クビを切っていったけど自分のお気に入りだけ残してるように見えてしまうジェームズ・ガンが、嫌いなんだろうな、言いがかりで八つ当たりだけど)
一番好きなのは、ロイスの語るクラーク・ケント像。あなたは人を信じすぎる。あなたが見る人類は「美しい」。もうそこだけで、この映画を観た甲斐があったと思う。スーパーマンみたいな存在に愛されるなら、人間って捨てたもんじゃない。現実世界にはいないのでフィクションに背中を押されるって逆なんだけど、それに恥じない人間になりたいって思う。

ガール・ウィズ・ニードル鑑賞。続き。 

少なくともこの映画の中には子供を平気で差し出す女性は出てきてなくて、やむにやまれずダウマを訪れるのは後悔と罪悪感にさいなまれ、ギリギリまでその選択を迷う若い女性(とその保護者?身内?)ばかりに見える。赤ん坊殺しなんて非道も非道だし、最後の言葉も傍聴者からののしられるけれど、ダウマの風貌が悪い人に見えないし、誰も表立っては言わないし言えないけれど大ごとになる前であれば「助かった」と考える人っているんじゃないか。若い何の後ろ盾もない女性がそうしなくては生きていけない状況そのものと、その状況を善人の顔で食い物にしていく人間の怖さ、また自分たちの社会の問題を棚に上げてダウマを簡単に責める普通の良き市民もちょっと嫌だなと思う。現代でもわりとあるような女性の状況と、20世紀初頭デンマークの連続嬰児殺しの事実、菓子店の年配女性といういかにもおとぎ話っぽい設定が絡み合って、刺激的で興味深い映画だった。

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ガール・ウィズ・ニードル鑑賞。 

重苦しいストーリーにモノクロの映像がすごくハマっていて、幽霊やモンスターが出るわけではないけれどゴシックホラーみがあって、とにかく雰囲気が良かった。街の様子、工場周辺の黒っぽい感じ、菓子店があるあたりのいかにもヨーロッパの街並みーって感じ、整然と並んだお菓子の棚。幸薄そうな暗い目つきのほっそりしたカロリーネ。面倒を見てくれる、ちょっと年上の、母親みたいな慈愛を感じるダウマの雰囲気。子供らしいいたずらっぽさの中に、時に暗い目をするイレーネ。風景も配役も本当にぴったりで、その分余計にやるせない。
何でもないありがちな転落人生。自分が生きるだけで精一杯なのに子供を抱えてしまったら。その時、赤の他人である自分に優しくしてくれた人をふと思い出したら。裕福な家庭にもらわれたという嘘。ものすごく切羽詰まってどうしても不本意な選択をしなければならないとき、ああいう人に「正しいことをしたのよ」と言われたら、その言葉にきっとすがってしまう。そうでも思わないとみんな生きていけないんだと思う。

国宝鑑賞。 

なんかもうちょっといろんな意味でドロドロするかと思ったのだけれど、それは『昭和元禄落語心中』でしたね。ちょっといさかいもあったりするけど、二人が爽やかすぎて。なんかもう、顔面が眩しいほどに爽やか。引きずられてるわけでもなかろうが、二人の関係も結果としては爽やか。
血筋に対する羨望や家を継ぐことや才能に対する嫉妬、例え本気で怒っていてもお互いのことなら茶化して矛を収められるのに、アキコちゃん(だっけ?)みたいな他の人のことなら本気で怒れてしまう。そこに私の求めるドロドロとの乖離?限界?を感じる。
それでもやっぱり、同じ演目を前半と後半の二通りの目線を感じられたり、本来歌舞伎ってあんなに顔に寄って見ることはできないので(ここでも顔面の爽やかさが効いてくるし)映画として観ることの醍醐味もあったりで、豪華な体験だった。

JUNK WORLD鑑賞。 

あいかわらずすごかったー。内容的には過去編だけど、前作より時間的にも世界的にもスケールが大きくなって、人手と技術の増加を感じる。
ロビンかわいい。喋り方が神様モードになるのもかわいいね。ずっとずっとずっとトリス様を守ってるのもかわいいね。保護モードを解除されてもなお守りたい存在。自分を送り出してくれる人だと知っているから、どんな形になっても守り続ける。ロボット?と人間?だけど、親愛の情が双方向なのがたまらない。
ダンテも渋かっこいい感じでたまらなかった。
字幕版で観たのだけれど、ところどころ微妙にわかって(ガッテンショー!)、思わず笑ってしまって悔しい。エビチリ⁈エビチリ‼︎エビチリの訴求力🤣

MaXXXine マキシーン鑑賞。続き。 

父親殺しまで含めた成功譚となればマキシーンの栄光には一生父親の影がついて回るわけで、独り立ちしても殺しても、いつまでも支配されてるのと同じかもしれないな、と。特段実力もない(と私は思ってるんだけど、実際どうなんだろう?)のに、時の人になることで成功する。それを「才能」と取ってしまうところがマキシーンの悲劇だったりするのかな。

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MaXXXine マキシーン鑑賞。 

一言でいえば、期待外れだった。
なんだろう、絶望してほしかったのかな、マキシーンに。そんな楽しみ方、性格悪すぎない?って自分に対して思うんだけど、そういうのがないと彼女の魅力っていまいち光らない気がする。あと、ナイトストーカー要素のかみ合わせがビミョー。年代を同じに設定しただけで関係ないといえばそれまでなんだけど、事件自体それほど寄せてるわけでもなく…。
支配的な親・親殺しという共通点でパールとマキシーンを見ているので、パールの母親と違ってマキシーンの父親は…と話がひっくり返るのが面白さなのかもしれない。ストーリー的な納得はいくけれど、あれだけドラマチックに盛り上げたにもかかわらず、そこにカタルシスを感じなかった。ただ、父親の丁寧なお膳立て&きちんと踏み台にするマキシーン、と考えると、ステージママ/パパの行きつく先にも思えたのは面白かった、かも。

We Live in Time この時を生きて鑑賞。続き。 

アルムートもトビアスもそれぞれ自分の考えがあっても折り合いをつけながら一つの家族を作り上げていく。自分の意志も大切だけど、それよりも大切にしたいと思える関係、思いやりってこういうことなんだろうなぁ。
トビアスとたぶん同じくらいの年齢というのもあって、(最近見たいろんなキツい作品よりももっと今の私の核心に迫る)キツい部分もあった。タイムリミットとか選択とか。弱っていく自分、「死んだ母親」になるのが嫌なのは、アルムートが命を燃やし尽くしても価値がある生活を送っている、成功している強い人だからだ、と思ってしまう。そういう拗ねた見方をする自分が汚ぇなーと思う。

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We Live in Time この時を生きて鑑賞。 

単なる難病ものだったらシラケて見ちゃうかもしれないところを、子供の存在やプロポーズの時期等の「答え」を知っている状態から、彼らの人生をタイムラインにあてはめていくことになる。読み解いていくような感覚があるので「悲しい物語」としてではなく楽しく見られた。アルムートはレズビアンかバイセクシャルだったようだし、二度目の病気発覚の後「異性愛を全力でやりぬく」のシーンがあったので、子供はいても結婚は必要としてないカップルだったのかな。彼女が子供を産むと決めた理由・彼がプロポーズをすると決めた理由/その内容は言葉にされたりしない。描かないってことは限定されないってことで、鑑賞者が自分の経験や感情に結び付けやすいんじゃないかなーという気がする。まぁ、それこそめちゃめちゃ異性愛規範な鑑賞者像だけど。

JUNK HEAD鑑賞。
独特のビジュアルと世界観、突然食われたりするハードな環境…の割にゆるゆるっとした見た目と良い感じの話で、もにゅもにゅした動きも気持ち悪くてかわいい。終盤のアツい展開もすごい。おまえらだったの?!って思わずつっこんでしまった部分が一番だけど、とにかくそこここで面白シーンがあって、こういうの、好き。
それにしても、だ。制作風景が最後に流れるんだけど、すげー!!!としか言いようがない。こういうの作る技術もそうだけど、根気もすごい。しかもほぼ一人!

テルマがゆく!93歳のやさしいリベンジ鑑賞。続き。 

詐欺師が骨董屋の主人で、酸素ボンベを下げた老人である彼が言う「古いものなんか誰も興味を持たない」は、きっとテルマにとっての真実だ。500ドルの恩情の理由は、ギリギリの仲間意識かもしれない。それでもなお、腐らずに人生をまっとうしようとする、一人で生きられる限りは一人で生きたい!というテルマの姿は、かっこいいし、応援したくなる。良い家族や友人がいるからあのテルマなのかもしれないし、あのテルマだから良い家族がいるのかもしれない。
私の大大大好きなコールソンさん(のクラーク・グレッグ)が出ていたのもとても良いですね☺️

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テルマがゆく!93歳のやさしいリベンジ鑑賞。 

ものすごく『ミッション・インポッシブル』シリーズだった。いろんな意味で。全然ゆっくりだし、最先端(超先端)なガジェットも出てこないけど、身近な電子機器とコネを駆使したオレオレ詐欺への復讐。やたらスリリングに盛り上げてくる音楽。コネといっても93歳だから、おおむねあっちに行ってるか、病気か、施設に入ってるかだ。盗んだバイク(スクーター)で走り出したら持ち主に追いつかれて旅の道連れにする。〇〇さんに似てるわ!とか言って話しかけに行っちゃう老人あるある。そういうものすべて、愛しくて面白かった。邦題には「やさしい」とあるけれど、リベンジってつまり、自立して生きたいという願い、できると証明しなきゃいけない、社会のお荷物ではいたくないという切実な感情で、「やさしい」と括るのはあまり上手くないような気もする。

リライト鑑賞。 

最初のパートはなかなか寒くてつらかったけど、そこさえ我慢すればちゃんと面白かった。のだけど、よく考えるとすげー怖い話だと思う。
みんなよりハードな現実を生きていて世界を少し恨んでいるトモエが、みんなが求める転校生を独り占めすることで世界に復讐する話だもの、これ。未来の自分から騙されていたことも教えられているからヤスヒコを含めて恨んでもおかしくないわけで、クラスのみんなから好かれているたった一人を、別に好きでもない(かはわかんないけど)のに、自分に依存させて未来に帰らないようにさせてしまう。そして学生時代に気づいていればおそらく救いになったであろうシゲルの好意も見落としたまま大人になっている。それぞれに今の生活に満足しているけれども、全然誰も救われていない。
誰への気持ちが一番大きいかといえば、ヤスヒコへの恋心よりも、作品を書けた(かつ、どうしても書いてもらわなければならないし、潰さなければならない)ミユキへの執着が大きい気がしてる。青春キラキララブストーリーよりも、青春ドロドロ愛憎劇の方が好みなので、私はこっちの解釈で行きます。

Pearl パール鑑賞。
『X エックス』の方が面白かったかも。
がんじがらめの生活から自由になりたい、スターになりたい。それは気の毒だし、結局母親の言う通りになってしまったのもさらにかわいそうではあるんだけど、パールがすごく子どもっぽくてうんざりしちゃった。恨み言長台詞を聞いてなお。遠くにある眩しい世界を垣間見ての憧れは、実のところ間近にある眩しい世界への妬みであって、そういうのってよくあると思うし、そのうえまあまあ自由にした結果が虐殺かぁ、ふーん、みたいな。それよりは、あれを見て添い遂げられる(事実添い遂げた)ハワードすげぇな…がデカい。そっちの心理の方が気になる。戦争帰りなのは関係あるのかな?とちょっと思ったりとか。

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映画ドン-映画ファン、映画業界で働く方の為の日本初のマストドンです。

映画好きの為のマストドン、それが「映画ドン」です! 好きな映画について思いを巡らす時間は、素敵な時間ですよね。