『ムーンライト』
シャロンがアトランタの刑務所を出てからは「生まれ変わった」と言っていたのが胃にくる。世話してくれた人もいたということだし、まじで「生まれ変わった」つもりで必死にやってきたんだろう
こういうことを全然知らなかった。うーん
https://note.com/ateng/n/n12b1e4e07183?sub_rt=share_pw
『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』
信念の強さとかは特に功夫の強さに影響しないし、ケラケラ笑ういかにも三下のチンピラみたいなやつがハチャメチャに強かったのもおもしろいと思った、けどよく考えると自分のボスを殺すことで力を強化したようにも見えるなぁ
『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』
フォロイーさんかどなたかが「"トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦"ってなんだよと思ったけど、たしかに"トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦"だった」のようなことをおっしゃっていた記憶があり、ほんとにそうだった
『生きる Living』
役所の仕事(やって当たり前だろ)と、人としての達成を結び付けられたことが、この納得のいかなさに繋がっているように思う。課長がその辺りの会社員だったらぜんぜん違う感想になっただろうけど、なぜ市役所の市民課だったのか。このあたりをもう少し深堀りすればいいのかもしれない
『悪魔のいけにえ』吹き替え版、1/23まで無料公開だそうです
https://youtu.be/9DTLwjhtuH4?si=jDVX4JTmhXEqjrx7
『生きる Living』
周りに流されて死んだように働き生きるのではなく、己で何かを成す、確かにそれはとても大事だ。そして連休が終わる日の夜に観て、おれもやるぞ!なにかを…!となれるような良い映画だ。
しかしじゃああの陳情書を持ってき続けたご婦人たちは、課長が動いてくれなかったらどうすればよかったんだ、そういうことばかり考えてしまう。私はこれをほんとに良い映画だったと思ってるのか怪しくなってきたぞ
『生きる Living』
とても良い映画だった。「いままで役所がろくな仕事してなかったけどやるようになった」と単純化してしまうと、当たり前だろコラふざけんなよ死ななくても仕事やれと思ってしまうが、黒澤明が『生きる』を書いた1950年くらいにおいて、そういうことが言いたいのではないのだろう…
『ファイト・クラブ』
私はちょうどこの頃が20歳くらいだったのだけど、めっちゃこの、絶望を己の心に刻みつつ、汚物にまみれたものをかっこいいと思いつつ、暴力的で理性をちょっとどこかへ置いておけるもので思考を麻痺させつつ日々をこなす、そういう感覚を思い出す。当時は映画も私にとっては現実逃避の役割が大きかったし、こうして考えることなどしていなかったから、もしかしたら観たことあったのかな…いや無いと思うんだけどな
2024年に観た映画の振り返りを本アカウントのほうでやってしまったので紐付け
https://fedibird.com/@nanaya/113772984188220521