時には懺悔を鑑賞。
今の時期に見るにはなかなかハードなものがある、というのが正直な気持ち。簡単じゃないと思うんだよね、そんなに。物語だから何とかなってる(中野の希望通り民恵がシンを引き取るった)けど。中野、全然他人で何の責任もない立場のくせにいろんな人の心をひっかき回して、でも言われた方の立場としてはそれが"正しい"言葉で、「親の責任」みたいな言葉は"みんな"に言われてきたであろう言葉であり本人としても百も承知で、自責の念があるから余計に刺さるし鬱陶しい。なんなら観ているだけの私からしてもイラっとする。一番嫌な人と言っても過言ではない。
とはいえ、特に今の私のような立場であれば、考えておかなければならないわけで。というか、生まれつきなり後天的になり子どもが(まぁこれは子どもじゃなくてもだが)障害を持つ可能性なんて、誰でもあるし、そういう家族のためのサポートなんかがもっとちゃんとしてれば、「産まなければ/産まれなければ良かった」って思われることなくいろんな人が生きやすくなるんだろうなぁ。
#映画 #映画鑑賞 #時には懺悔を
時には懺悔を鑑賞。続き。
そういう点で、一番みんなが何とかなるように妥当な線を引こうとしていたのが(全員からクソ野郎と思われてる)米本だけだったのでは…というのは面白かった。
作品とは離れて、この映画に出ている子たちやその家族がいるってこと自体が、「本当に産まれてこなければ良かったか?」「産んだ人間が全部の責任を負うべき/負えるのか?」「絶望しかない人生か?」みたいなことへの答えのような気もする。