エヴァンゲリオン観にいくのは来週の土日になりそうだが、それまで何も情報を入れたくない心境である。
先ほどまた「Air まごころを君に」を観た。何度も観てる映画ではあるが、観る度に違う感想が出て来てしまう。
今日の感想は、庵野監督の果てしない自問自答。
僕もたまに果てしない自問自答をする。その自問は、大抵の場合、夜中に浮かぶ。一応その時だけの、何かしらの答えを得る。しかし翌日の夜になると、昨日得た答えはでっち上げだったことに気づく。また自問し、またその時だけの、何かしらの答えを得る。それを毎日繰り返す。結局のところ、答えは得られない。
絶対に答えは得られない。なぜ答えが得られないのか?そんなことは分かり切っている。
そもそも「答え」とは何か?答えとは、行動後の後付けの説明に過ぎない。確かに「問い」は行動前に提起できる。しかし「答え」は後付けだ。行動して良い結果になろうと、酷い結果になろうと、その結果に至る過程を説明する必要がある。その説明が「答え」だ。
行動、つまり現実、のないところに「答え」はない。
庵野がこの映画で言いたいことは、多分そういうことなんだ。