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アイリッシュマン 

うーむ。不覚にも涙してしまった。年老いたロバート・デニーロ(フランク)がアル・パシーノ(ジミー・ホッファ)の写真を見返すシーンで号泣。すごく良い映画でした。まさかスコセッシに泣かされるとはね。

映画の終盤、あれだけ時間にうるさかったジミー・ホッファでも、フランクには怒らない。そして、怪しいと知りながらも、ジミーはフランクがいるからという理由で、車に乗る。そして車の中で熱いハグ。フランク、お前が来てくれただけで充分だよと言わんばかりのホッとした様子のジミー(その後呆気なく殺されてしまうん辺りが、スコセッシ流って感じ)。ロバート・デニーロとアル・パシーノ熱い抱擁に胸が熱くなりました。このシーンは彼らじゃないとできない、というか、彼らのために用意されたシーン。涙なしには観れないよ。

ただのマフィア映画ではなく、人生の映画になってます。人は誰でも老いる。老いれば若い頃に羽振り良かったことなど関係なくなる。孤独に寂しく老人ホームで死んでいくのが現代人。スコセッシが意図していたかどうかは分かりませんが、映画の終盤は、繁栄を極めたアメリカ社会への批評になっていたような気がする。

物質的な豊かさには意味はねーからな!

アイリッシュマンからはそんなテーマが浮かんだ。この映画のなかでは、リアル=金、社会的成功、人脈、といった物質的豊かさ。バーチャル=信心、友情、神、といった精神的豊かさ。

近代から現代になるにつれて、人は物質的豊かさを、「未来は明るい」という、精神的豊かさに変換することができた。

しかし、この先、多くの先進国では物質的豊かさの向上が望めなくなる。我々は価値観を改める必要がある。物質的豊かさでは無い何かを拠り所にし、新たなる精神的豊かさを生み出す必要がある。

物質的な豊かさに従い続けた場合どうなるのか?その慣れの果てがこの映画のフランクだ。若い頃、いかに自分が物質的に豊かだったか、を自慢する輩の末路は悲惨だと決まっている(フランクはそんな輩では無いけどね)。何故なら、どんなものであっても、物質は必ず無くなるからだ。

スマホゲームやネトフリがここまで流行っているのは、物質的な豊かさを望めなくなった結果だと言える。最近はみんなゲームやら映画やらドラマ番組の中に精神的な豊かさを求めているんだよね。きっと。

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