愛がなんだ
最近、ツイッターで「自分には恋愛感情というものがなく、世間で溢れてる恋愛モノは実世界に限りなく近いフィクションだから親しまれていると思っていた。まさか本当にあんな好きだの嫌いだのやってるとは思ってなかった」というような内容のはてブを読んだ。
人はみんな自分で実感できるものを当たり前だと錯覚する。
極端な話、私は分母の違う分数の足し算はできるし、できて当たり前だろって思うけど、できない人も一定数いる、というような。
だから上記のはてブを読んだ時、あ、まじか、そういう人もいるのか…と驚いた。
愛がなんだ、は私だ(違う)。
最初からほぼ全て私は経験したといっても過言ではない。多分過言。
それはテルコもマモちゃんも、ヨウコも、ナカハラくんも、スミレさんも。
マモちゃんに呼び出されて家にいるのに「え?外だよ〜〜超ヒマ!!」とか言っていそいそと準備するところも
別に一緒にいればそれなりに楽しいけどそれ以上でもそれ以下でもない異性にトゥーマッチな感情を向けられてたまにウンザリするけど、気分の乗ったときだけ呼んだり
何をしても許される愛情の上強く振る舞い続けて一人になったり
→
グリーンブック-2
様々なエピソードを経て2人は深い友人関係になる。
時折警察官を買収したりして。
トニーはドクが不当に差別されることに対して腹を立て共に戦う。
なんか色々考えすぎて文章が書けなくなったので投げやり↓
面白いしグッとくるところあるし
いろんな人が観たらいいと思うけど
やっぱあくまで主人公はトニーだよね、みたいなところ。
最後はトニーの家族(質屋のおっさんいたけど)に迎え入れられてよかったね!みたいな
いや、いいんだけど!いいんだけども!!!!
なんか、ドクの孤独はどこへ行ったの?
心からの友人ができた、ということなの?
寂しいなら自分から一歩ふみださないと、ってトニーが言ったから
トニーの家に行ったんだと思うんだけど
ドクの孤独軽っ!みたいなことを思ってしまいました、とさ。
グリーンブック-1
アメリカの差別文化を体感したことはないし、目の当たりにしたことはないけど
日本でも差別は依然として蔓延しており、昔の職場では学生バイトの中国人が「中国人は日本人よりバカだ(意訳)」という罵倒を浴びる日は少なくなかった。
(実際には彼女は中国語、英語、日本語を話すトリリンガルで日本には国費による大学院への留学できており、どう考えても並みの日本人よりずっと賢いのだが)
アカデミー賞受賞の是非については大きな海を越えて日本で暮らす私が言及できるほど知識がない。
(もっと言うと実際に友人関係にあったかどうかなんてことは尚更知ったことではない)
思慮深く、アレサフランクリンも知らない孤高のアフリカ系アメリカ人のピアニストと
粗野で乱暴でケンタッキーを食べた手でそのままハンドル握るようなイタリア系アメリカ人。
異文化に触れ、心を開き、肌の色なんかで人を"区別"してはいけない、と説く映画はいくつかあれど
黒人がリッチで白人がプアーな立場にいるのは珍しいな、と。
(圧倒的に視聴量が足りていないのは承知だ)
古い映画をみる。劇場にもぼちぼち。感想ポエムの人。